それは、“未来の当たり前”をつくる一歩だった。
サプリメント売場で「コエンザイムQ10」という言葉を見かけたことがある人は多いだろう。だが、体にとって本当に意味のあるかたちは“還元型”であることをご存知だろうか?
その還元型コエンザイムQ10(以下、還元型CoQ10)を世界に先駆けて実用化し、いまもなお市場を牽引し続けるのが、日本の化学メーカー・カネカである。
なぜ、誰もやっていなかった“還元型”に挑んだのか。
なぜ、ライバルメーカーが次々と撤退するなかで、カネカだけが続けることを選んだのか。
四半世紀にわたり還元型CoQ10の開発に携わってきた細江さんと、営業として未来を切り拓く伊藤さんのお二人に話を伺った。
高砂から始まった、誰も歩いていない道
舞台は、兵庫県・高砂。戦前から発酵技術を培い、戦後のGHQによる財閥解体を機に独立した、カネカの主力工場である高砂工業所。抗生物質、コレステロール低下薬、血圧降下薬などの医薬品中間体を生み出してきたこの拠点は、日本の「発酵×化学」融合技術の粋(すい)とも言える存在だ。
高砂工業所の外観。戦前からカネカの独自技術を支え続けてきた。(写真提供:株式会社カネカ)
そんな地で、還元型CoQ10の物語は静かに始まる。
1957年、ウィスコンシン大学のDr. Craneが牛の心臓から発見したコエンザイムQ10は、やがて日本でも医薬品として活用されるようになり、カネカは1978年までにその量産体制を構築。その後、国内外の製薬企業に酸化型コエンザイムQ10を供給し、1990年代には健康食品用途でも存在感を高めていた。
だが、その先に、ある“違和感”があった。
「体内にある大半のCoQ10は、実は“抗酸化作用の本体である還元型”だということが分かってきたんです。ならば、それをそのまま摂れるかたちにすべきだと、私たちは考えました」
──細江さん
カネカに入社以来、一貫して還元型CoQ10の研究に携わってきた開発者の細江さん
還元型CoQ10は、空気に触れるだけで酸化してしまう非常に不安定な物質。当時、還元型CoQ10は試薬ですら手に入らず、細江さんらは実験室で酸化型を化学的に還元して自作するところから始めたという。
動物実験での吸収性や安全性の評価、製剤化……。
手探りのなかで粘り強く進めたのは、20名にも満たない精鋭チームだった。
「誰もやっていないからこそ、自分たちがやるしかない。そんな思いでした」
──細江さん
価格ではなく、“価値”で勝つと決めた
開発が進む中で、ある事件が起きる。
2005年ごろから突如、中国企業が酸化型CoQ10の製造を開始すると、それまでの1/5〜1/10の価格で世界市場を席巻。日本国内のメーカーは次々と撤退を余儀なくされた。
カネカもまた、撤退か、挑戦か──選択を迫られた。
「価格ではなく、価値で勝つしかない。関係者はそう腹を括ったんです」
──細江さん
すでに還元型CoQ10の量産技術や安全性データを蓄積していたカネカは、“高付加価値”という道を選び、2006年に米国で還元型CoQ10の販売を開始。日本、ヨーロッパと販路を広げていく。
製造は日本とアメリカの2拠点体制。医薬品GMPに準拠した品質保証に加え、食品分野ではISO22000とHACCPに基づく衛生・安全性体制を整備し、“カネカクオリティ”として信頼を築いていった。
「体感があるから続けられる」── 還元型ならではの魅力
現在、カネカの還元型CoQ10は、国内において、睡眠の質向上、疲労感の軽減、ストレスの軽減といった機能性表示食品の素材として活用され、ドラッグストア、通販、医療機関向けなど幅広いチャネルに展開している。2024年末には、業界で初めて「肌のターンオーバーを維持する」という機能性表示も受理された。
「睡眠」「ストレス」「疲労」 に働きかける還元型CoQ10
とりわけ還元型CoQ10が評価されるのは、その“体感力”だ。
酸化型CoQ10は体内で還元型に変換されてはじめて機能する。一方、還元型CoQ10は摂取したままのかたちで吸収され、そのままエネルギー産生系や抗酸化系で働く。
「“飲んで変わった”という実感が、継続のモチベーションにつながる。だから選ばれるんです」
──細江さん
酸化型 vs 還元型CoQ10の体内動態の違い
子どもが「知っている栄養素」へ
「10年後、小学生でも“還元型CoQ10”を知っている社会をつくりたい」
──伊藤さん
還元型CoQ10の営業の伊藤さん(写真右)
伊藤さんの夢は、還元型CoQ10を、ビタミンやミネラルのような“生活に根ざした栄養素”として定着させること。一部の健康意識の高い人たちだけでなく、誰もが知り、誰もが手に取れる存在にすべく、この原料の普及拡大に日々奔走している。
一方で細江さんは、医療と栄養の壁に挑んでいる。
「栄養が足りない体に薬や手術をしても、効果は出にくい。まずは体を“整える”。還元型CoQ10はそのための栄養素です」
──細江さん
日本ではようやく医師国家試験に「臨床栄養」の設問が出題されるなど、疾病の予防、治療等における栄養の重要性が認識されるようになり、病院にNST(栄養サポートチーム)が根づき始めた。医師が推奨する栄養素としての地位が、ゆっくりとだが確かに築かれ始めている。
すべての人の“生きる力”になるために
カネカが描く還元型CoQ10の未来は、サプリメントにとどまらない。 ヨーグルトやグミなどの食品分野で用途は今も広がり続けている。
サプリメントのみならず食品分野に用途が広がる還元型CoQ10
「“還元型CoQ10は、確かに違う”。その実感を届けたいんです」
──伊藤さん
目には見えなくても、確かに体の中で働いている還元型CoQ10。
その力は、これからの健康を支える“あたりまえ”になっていくでしょう。
この挑戦の物語は、世代を超えて、これからも続いていきます。
還元型CoQ10を生み出した細江さんと、そのバトンを受け継ぎ世界に広げている営業の伊藤さん
■株式会社カネカ(https://www.kaneka.co.jp/)
栄養やヘルスケアなど4つの事業ドメイン(Solutions Unit)において、未来の人々、社会、そして地球環境のためのソリューションを提供する総合化学メーカー。
- 設 立: 1949年9月1日
- 所在地: 東京本社:東京都港区赤坂1-12-32/大阪本社:大阪市北区中之島2-3-18
- 代表者: 代表取締役社長 藤井 一彦
- 従業員数: 3,390名(単独、2024年3月31日現在)